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社会人インタビュー

集え、本気で起業したい学生たち! “起業部”顧問が描く学生発ベンチャーと日本産業の未来。

Writer|古渡 彩乃
  • 読了目安時間:13分
  • 更新日:2019.10.31

「学生起業家」が、日本の産業界の課題を解決する?

-大学では基礎研究が大事にされていて、たくさんある研究の中の1つが成果に結びつけばいいという考え方もあります。でも一方で、溜まってきた知見や知識をどうするかという問題も各大学にあるように見えます。

本当に、今は起業家が足りていないんですよ。九大を例にして言うと、九大には2000人の研究者いるので、それなりの技術や研究成果の蓄積があります。京大にはもっとあるでしょう。同時に、今ベンチャーキャピタル(ベンチャー企業等への投資で利益獲得を目指す集団。以下、VC)やファンド(機関投資家や富裕層から集めた資金を運用する投資のプロ)も沢山できていて、お金も大量にあるんです。でも、肝心の起業家がいない。だから日本ではベンチャーが育たないと言われているんです。

20年前は「日本にはベンチャーを支援する人たちがいないからベンチャーが出てこない」と言われていたので、国もいろいろ政策を打ち出して、ベンチャーを支援する人を増やしたんですね。そうしたら今や支援する人ばかり増えて、肝心の起業家がいないという状況になってしまった。ただそういう中でも若い人達の中には起業したい人も一定数いるんです。

九大生だって、基本的に大企業志向ですし、保守的なところがあるので、「起業部を作っても、誰が起業なんかしたがるんだ」っていろんな人に言われました。でも、多いか少ないかは置いておいて、初年度に150人入ってきたんです。

それなのに、そういう学生に対して大学は実践的な起業家教育ができていないわけですよ。国は開業率を5%から10%に増やそうとしていますが、なかなかそうはいかない。でも僕の感覚からいうと、起業したい学生はどの大学にもだいたい5%くらいはいるんですよ。だから、それを拾うだけでもかなり起業家の数は変わると思いますし、僕はそれを今やろうとしているというわけなんです。

-あえて「ベンチャーを増やしていこう」という動きになるのはどうしてですか?大企業がアイデアをまとめて商品化してもいいのではないかとも思うのですが。

それはなぜかというと、「大企業からイノベーションは生まれない」という結論になっているからです。

例えば、大企業にはスピード感がない。何かいいアイデアがあったとしても、「じゃあこれを課長に」となり、課長から「じゃあこれ本部会議で」となって、1ヶ月かかったりします。会議で「これいいね。今度役員会通そう」ってなったとしても、それも1ヶ月半後だったりして。それで途中で「ここの効果どうなってるんだ」とか言われたらまた元に戻して。

日本では「失われた何十年」とか言われていますけど、そういう大企業のスピード感のなさや、「大企業からはイノベーションは生まれない」ということは1つの結論になっているところがあります。結果、大企業だけではだめだから、ベンチャーと組んでオープンイノベーション(社外から新たな技術やアイデアを得て商品・サービス等を開発すること)をして、という流れができてきた。新しく生まれたものを別会社で扱うのか、どこか起業するところに出資するのかは場合によります。

1990年初頭はそれこそ「Japan as No.1」でしたが、そこから日本はずっと低迷していて、今や国際競争力がない国と言われているんですよね。一方その間アメリカでは何が起こっていたかというと、どんどんベンチャーが出てきた。それも学生や若い人が起業したという会社がたくさん。デルとか、フェイスブックとか、マイクロソフトもそうです。

-今の日本はアメリカで起こったことを目指しているということですか?

そこは無視できないですよね。だから、アイデアを大企業に売るっていうのももちろん1つのあり方なんですよ。ベンチャーを作って、そこにVCが投資する。VCは資金を回収しないといけないんですが、その回収の仕方は2通りしかありません。1つは株式公開。もう1つはベンチャーを大企業に売却する方法です。

アメリカでは90数%がM&A(企業の合併・買収)で売却という方法をとるんですよ。例えばGoogleに売ったり、Google側もいろんな会社を買ったりする。逆に言うと、アメリカの大企業はベンチャーが伸びるとどんどん買収していくわけですよね。それはいいことなんですよ。でも日本の大企業はベンチャーを買収しないんです。

日本企業は基本的に自前主義なんですよ。例えば研究所も自社のものを持っていてそこで研究する。アメリカの企業はそうじゃなくて、新しい技術はベンチャーからどんどん買おうとする。日本もオープンイノベーションブームになっているというのは、自前主義からそういった形に変えていこうとする動きが出てきたということなんです。

-そこで「起業する人がいないから育てよう」という話に帰結するんですね。

そうですね。だからそういう意味では、今はスタートアップをつくるのには最高の環境なんですよ。学生には、どんどん起業してEXIT(株式公開か売却)を目指していってほしいですね。ただ、結果的に就職するのも悪いわけではないし、起業が全てとも思ってはいなくて、起業部には特徴ある活動の1つとして参加してもらえれば、という感じですね。

やっぱり全員が起業したいというのもこれまた健全な社会ではないと思います。だいたい、起業率が高いのって発展途上国だったりするわけですよ。日本は逆に言うと就職できるし社会が成熟してるんで、別にみんながみんな起業しなくてもいい。戦後は起業率が高かったんですけど、それは就職先がなかったからです。

-今、学生起業って少しブームになっているように感じます。起業したい学生が作ったサークルもけっこう目にしますが、なかには「就職するために起業する」ということを掲げている団体もあります。

結果論ですが、変な話、「起業部で起業する」って言ってたけど企業に就職することになった人が、皮肉なことに起業部なんてやっていない普通の学生よりいい会社に就職していくんですよ。ただあくまでも”皮肉なことに”そうなるので、最初からいいところに就職するために起業しようとする、起業部に入る、というのは本末転倒だよ、と言っています。企業は起業家精神を持った学生が欲しいとか言うので、需要はあるのかもしれないですけどね。

-「起業を経験した学生」が獲得する特別な能力があるんでしょうか?

たぶん企業が求めている人材と合っているというのはありますね。今は企業の採用試験なんかでも、ビジネスプランを作って考えさせる過程が選考基準にあったりするんですが、これは起業部でやってることそのままなので。それから、起業部の活動を通して、自分の専門分野をビジネスの視点で見る意識を持ちながら勉強することでより力がつく、という側面もあると思います。特に理系の人は、なかなかビジネスの視点で専門分野を見ようとしないので。

-学生のうちに起業することを支援されていますが、あえて挙げるとすると、学生起業のメリットやデメリットは何なんでしょう?

特に名の知れた大学に通う学生についてになってしまうかもしれないけれど、九大も京大も社会的信用があるわけですよ。だからその大学の学生であるということを上手く使えることはメリットですよね。あと、学生だと言うと応援してくれるんですよ、みんな。

たぶん人間の心理として、学生起業家って応援したくなるんですよね。京大生が起業するって言っても、きっとみんな応援してくれますよ。でも「京大卒業して起業家を目指してる」と言うと、「京大まで出たのにあの人就職もしないで、大丈夫なのか?」って思われる節もなきにしもあらずじゃないですか。学生であることのメリットとしてはそれが大きいと思いますね。

ただ、根強い反対意見として、「1回就職してから起業した方がいい」というものがあります。なぜそんなことを言われるかというと、おそらくそういうことを主張する人達は学生時代に起業やビジネスを経験する場がなかったからなんですよ。

でも九大起業部では社会人1~3年目でやることをやっているともいえますし、そういう機会が学生のうちにあるなら社会人になるのを待つ必要もありません。起業して成功してる人たちも、みんな「早く起業しとけばよかった」って言いますしね。学生の弱みをあえて挙げると、そもそも課題そのものを見つけることが難しいという点ですかね。

-確かにそうかもしれませんね。

社会に出ると自分の業界の課題が分かってくるから、それをベンチャーとかで解決しようっていうこともあると思うんですが、特定の業界の課題なんて学生は分からないんですよね。だから見つかる課題がどうしても身近なものになりがちになる。「雨が降ったときに傘を買わないといけないのをどうにかしたい」とか。

逆に企業は課題をいっぱい持っている。さらにオープンイノベーションの流れもあるので、今九大起業部ではいろいろな企業に自社の課題を出してもらって、その解決策を学生が考える、ということもやっていますね。

九大起業部の話になりますが、入ってくる学生の中には、「今研究していることを使って起業したい」と言ってくる人もいます。ただ、それはごくわずか。ほとんどの学生は、「少し言いにくいんですが、僕は別に課題とかやりたいことはないんです。でも、起業やスタートアップに興味があって、大企業に入るとかではない、チャレンジングな生き方をしたいんです。」っていうような人が圧倒的多数なんですよね。

それはそれでいいと僕は思っていますが、「じゃあ来週までに何かビジネス案考えてきて」と言うと「ビニール傘に広告を貼る」とかになるわけですよ。せっかく技術の宝庫である大学にいるのに、それじゃやっぱりもったいない。だからまず気になる技術を見つけて、専門としている先生や、場合によっては他大の先生に協力していただいて進めていくのもいいのかなと思っています。

多くの大学の先生って忙しい研究者で、起業しようなんて思ってないんですよね。だから企業の人が先生のもとに行って起業を持ちかけても、先生たちはあまり乗り気じゃないんですよ。ところが、学生が「先生の技術に惚れ込みました。先生の技術で起業してみたいので応援してくれませんか」と言うと、急に研究者から教育者に変わってしまうんですよね。 「君はなかなか可能性がある」って(笑)


>> 次頁「学生のために奔走する毎日。起業と自身のこれからについて考える。」

 

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