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社会人インタビュー

京大・山村亜希教授に聞く、「地の理」を知り、教養を究める面白さ。

Writer|中村 達樹
  • 読了目安時間:12分
  • 更新日:2019.10.11

山村亜希、京都大学総合人間学部教授。京都大学文学部卒・文学研究科博士課程修了。専門は歴史地理学。地形図の読図を通じて地域の過去・現在・未来を鮮明に映し出す講義は、多くの学生の心を掴む。テレビ番組「ブラタモリ」の案内者(名古屋・熱田編、酒田編)出演など話題にも事欠かない山村教授の、教員として、また研究者としての学問観に迫る。

「地の理(ことわり)」を読めば、環境・生活・思想がわかる

-本日はお忙しい中ありがとうございます。まずは読者の皆さんに山村先生のスタイルを理解して頂きたいと思いますので、最近の研究テーマについてお聞きしてもよろしいでしょうか。

はい、この地形図(上の写真)を見てください。明治時代の京都・桂川の地形図ですが、ここからどのようなことがわかりますか?

-すぐには思い浮かびませんね。

まず明治期は建物が少ないので、地形図から地形がはっきりと読み取れます。ここで桂川近辺の道路は河道に沿って斜めに引かれているのに対して、川から少し離れた場所では碁盤目状に規則正しく引かれています。

碁盤目状の道路は、古代の律令国家や古代・中世の荘園において、水田耕作をしやすくするために施工された、条里地割の名残です。

ここから、条里地割が乱れている桂川の近辺は、しばしば桂川の氾濫の被害を受けたこと、条里地割がよく残っている地域は、少なくとも古代・中世以降、土地を乱すほどの大きな水害を受けていないことを推定できます。このように地形図から論理的に読める、その地域の性格や成り立ちが「地の理」です。

地域ごとの「地の理」を読む中で、かつてその地域にはどのような地形環境にあって、どこにどのような城や町があり、どんな街道が通り、村はどんな形をしていたのか、など過去の土地の状況や景観を復原することが私の研究テーマです。

-なるほど。このような「地の理」は現在の防災にも活用できそうですね。

一方で時代を超えて通じ得ない「地の理」もあります。明治期の桂川の例に戻りましょう。当時、平野に近くても山林にはあまり集落が立地していません。当時山は薪や芝を得るための燃料林、いわゆる里山として重要でしたから、そこを切り開いて住むわけにはいかない。

しかしやがて電気が通り、ガスが通ると、里山は燃料林として利用されなくなりました。戦後になってこの山林は切り開かれ、この地に洛西ニュータウンができ、近年は、京大の桂キャンパスが建ちました。

この100年少々で生活空間の構造は全く別のものに変化しました。その洛西ニュータウンも人口減少が進むと、現状の人口をそのまま維持できるかは分かりません。そのような変化を、元に戻すことはできません。それもまた「地の理」です。

-そもそもニュータウン自体、過去の遺物としての一面はありますね。

そもそも街づくりの考え方も20世紀と21世紀では大きく変化しています。たとえば、大阪の千里ニュータウンは外縁をグリーンベルトと呼ばれる緑地帯で囲まれた構造になっています。当時はこうして街を緑で囲うことが、居住環境の良さだと考えられていました。

しかし今となっては、大気は緑の外縁を越えて繋がっているから、その程度では十分な環境保全にはなりません。今の環境問題は、より広い規模で対応しなければならない、というのは常識になっている。この間は、わずか半世紀です。

人はそこまで万能ではないので、今の常識が真にベストかどうかは分かりません。今では駅近・湾岸のタワーマンションやコンパクトシティなどが街づくりのトレンドになっていますが、それも50年も経てば、常識化しているか、見直しが迫られているのかは分かりません。

そのことを考慮すると、街づくりには過去の経験をふまえた長期的視野が必要なのですが、実際にはそう言った視点は難しく、流行のモノやデザイン、考え方が重用されている気がします。

その土地がこれまで刻んできた、過去から現代に通ずる摂理と、現代の技術や思想、先行例に裏打ちされた新しいアイデアの間で、いかに街づくり・地域づくりを試行するか、10年経ったら評価し、20年経ったら見直し……といった積み重ねが必要だと思います。

もちろん一度作った道路などを、10年や20年で潰すわけにはいかないので、現実的には難しい課題です。しかし、これからの街づくりとは、色のつけられたキャンバスの上に、どんどん色を重ねて修正し、別の絵を描いていく作業としての面白さもあると思います。


>> 次頁「「選択と集中」の時代の中で、教養を学ぶ意義」

 

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