社会人インタビュー
「規範的な言説」以外の可能性を考え続けたい。社会学者として “貧困”の現場に携わる研究者の思い。
Writer|古渡 彩乃 |
- 読了目安時間:11分
- 更新日:2020.5.6
「客観的ではない」質的調査という方法だから分かること。
(女性ホームレスとして生きる―貧困と排除の社会学, 丸山里美先生 著より)
-先生は、フィールドワークやインタビュー調査という、いわゆる質的調査をメインに研究していらっしゃいます。質的調査は、例えばアンケート結果を統計的に分析するといったような量的調査に比べて客観性に欠けるのでは、という意見もあると思いますが、先生はどう考えていらっしゃいますか。
もちろん客観性は大切だと思いますが、私は質的調査の意義は別のところにあると思っています。量的調査みたいに「何%の人がこういう傾向にある」とかは言えないけれど、それとはまた違うレベルで言える一般的な事柄があると思う。
質的調査にもいろいろな種類があるけれど、私が取り組んでいるのは、人間関係もかなり濃密に作る、割と状況に巻き込まれるタイプのものです。
教科書的には、あまり人間関係を深くしすぎると危険もあったり、社会科学が則るべき客観性から遠ざかったりするのでよくないと言われますが、私はフィールドの人たちとずぶずぶの関係になったからこそ見えてくることもあると思うんですよね。
研究中に関わった女性ホームレスの方で、特に印象に残っている人がいて。彼女は、当時すごく暮らしに困っていたんですが、野宿を続けていくかやめるのかという人生の大きな選択をころころ変えていたんですね。
あるときは「生活保護を受けるために施設に入ろうと思う」と言ったり、でも施設が嫌になってまた路上生活に戻って来たり、そうかと思えば「実家に戻ることにする」と言ったり。おそらく彼女にとっては目の前の状況をどうにかするのが精一杯で、「長期的な視野を持って行動する」みたいなことは難しかったんだと思います。
-我慢をして生活を変えるよりも、多少苦しくても路上生活を続ける方が慣れていてましだから戻ってきてしまうのでしょうか。
そういうこともあるし、あとは特に女性の場合、パートナーなどの男性との関係に行動を左右されることもけっこうあるんだな、と感じました。
それから、自分で物事を決めて行動するということに慣れていないように見える女性も多かった。これは年配の女性ですけど、「役所に行って生活保護の手続きを行う、というのは男性がやるものだと思っていた」という人もいて。
従来のホームレス研究でよく唱えられていた言説に、「ホームレスの人は、自分たちを排除する社会への抵抗として路上生活を続けている」というものがありました。
でも、彼女たちを見ていると、「別に抵抗のために野宿しているわけでもないな」と感じるようになったんですよね。
-確かに、強い信念みたいなものは感じにくいですね。
そうそう。そもそも、ホームレス研究だけじゃなく一般の研究で従来想定されていた人間像は「人は強い一貫した意志を持ち、物事を自分で考え行動することができる」というものでした。でも私が見てきた女性たちは、なんというかそういった強い人間像とは少し違っていた。
「それまでの研究で前提にされてきた人間像とは違う人たちがいて、そこから物事を考えていく必要がある」ということは、私にとっては研究の根幹とも言える発見でした。
私は、選択をころころ変えたりする女性ホームレスの人に振りまわされていたんですが、それはやっぱり、ずぶずぶの関係性を作って振りまわされながら調査をしたからこそ見えてきたことだと思っているんですよね。
それから、質的調査を行っていると想定外のことばかり起こります。それが面白くもあったりする。これが、例えばアンケートで調査しようとなると、研究者はどうしても自分の想定の下に質問項目を作ることになるので、なかなか想定外のことは結果に反映されづらいんですね。
そういう意味でも、質的調査にはそもそもの人の想定を超えるような発見ができるという意義があると思います。
>> 次頁「「規範的な言説」以外の可能性を。社会学者として“貧困”に携わる葛藤、意義とは。」
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