社会人インタビュー
「規範的な言説」以外の可能性を考え続けたい。社会学者として “貧困”の現場に携わる研究者の思い。
Writer|古渡 彩乃 |
- 読了目安時間:11分
- 更新日:2020.5.6
「規範的な言説」以外の可能性を。社会学者として“貧困”に携わる葛藤、意義とは。
-先生の研究は、貧困をなくすためのものなんでしょうか? それとも、あくまで貧困の現状や原因を調べるためのものなんでしょうか。
うーん、難しい質問ですね……。たぶん貧困研究者としては「貧困をなくすためです」と言わないといけないんですけど、実はあまり自分のことを「貧困研究者」だと思っていないところがあって……。
-じゃあ何なんでしょう?
何でしょうね……(笑) ただ、もともと私は学部生時代に文化人類学の先生の下で学んでいたので、何かを解決するためというより、ある地域で生活する人々の実態を知るために調査をする、という文化の中で育ちました。だから、今も「貧困を解決しないといけない」というよりは、「そこで生きる人たちの暮らしを知りたい」という意識の方が強いと思います。
とは言っても、もちろん貧困は解決されるべきだと思うし、目の前の人を助けたいという思いもあるし……。自分の研究スタンスについて質問されると、答え方に困ってしまうところがあります。
先ほどお話しした、ある印象的な女性ホームレスの方との出来事で、よく覚えていることがあって。当時彼女は本当に生活に困っていて、明日をどうやって生きていこうか、とまで思っていた時期があったんですね。
それで、ある時私のところに電話をかけてきて、暗に「私の家に泊めてほしい」と言ってきたことがあったんです。
-それは……どうしようか少し迷ってしまいそうです。
私は彼女にたくさんお世話になっていたし、調査の過程で彼女のテントに1週間泊めてもらったこともありました。普通の友達だったら、そんなにお世話になっていて、泊めてもらったこともあるくらいの仲だったら、そりゃ泊めると思うんです。
だけどそのときは修論提出の2ヶ月くらい前だったので、私は論文を書かないといけなかったし、そもそも彼女は調査で知り合った一切お金を持っていないホームレスの人で、普通の友達とは状況が違った。
でも、目の前の、特にお世話になった彼女が本当に困っているときに助けてあげられない自分って、いったい何のために研究しているんだろうとも思って……どうすべきかとても悩みました。
それは私にとって、自分がただ単に興味関心のために研究をしているのか、それとも目の前の人を助けたい、状況を改善したいと思って彼らに関わっているのか、ということをすごく問われた出来事だったんですよね。そのときのことはとても印象に残っています。
-難しいですね……先生はどのような結論を出したんでしょうか。
どうするのが正解だったのかは今でも分からないんですが、すごく悩んだ末、彼女に「うちに泊まりに来てもいいよ」と言いました。結局そのあと状況が変わって、彼女が家に来ることはなかったんですけどね。
だから「助けたい」という気持ちも、「知りたい」という気持ちも、両方あるんですよね。
ただ、研究をしていて思うことなんですが、社会学の意義や面白さって「規範的な言説に乗っからない」ということにあると思うんですよ。
-どういうことですか?
例えば、貧しい暮らしをしている人の中には、一見お金を浪費しているような使い方をする人がいます。私の知り合いにもいますが、家でお茶を沸かさずに割高なペットボトルのお茶を買ったり、少ないお金をギャンブルに使ってしまって、お金がないと言ったり……。
-そういう人たちに対して、ネット上とかでバッシングする人たちもいますね。
そうですね。これに対する規範的な言説としては、例えば「彼らが無駄使いをしてしまうのはだらしないからではなく、育ってきた環境や教育のせいなのだ」というものが挙げられると思います。もちろんこれは一理ありますし、このことで彼らが世間からバッシングされるのは全く本意ではありません。
だけど、そういうよくある言説って、わざわざ調査しなくても少し勉強すれば分かることなんですよね。だから、時間と労力を費やして、インタビューやフィールドワークをして見出すべきことはもっと別のところにあると思っていて。
社会福祉や社会政策の研究者ならば規範的な言説に則って議論するのがあるべき姿だと思うんですけど、それは私の役割ではないような気がしています。
私自身も、「お金がないならペットボトルのお茶を買うんじゃなくて、お茶を沸かせばいいのにな」とか、素朴に思ってしまうんです。だから、バッシングしてしまう人がいること自体は、理解できる。
そしてそういう人たちに、バッシングがよくないとか、規範的言説を並べても、届かないだろうと思うんです。だから、そうではない、バッシングしてしまうような人にも理解できるような説明の仕方を、時間がかかっても、フィールドワークで見る現実から考えたい。
そうは言っても、考え続けるのはしんどいしすごくモヤモヤするので、規範的な言説に乗っかりたくなってしまうこともあるんですけどね(笑)
でも、やっぱり社会学者として貧困に関わる以上、よくある言説に安易に流されずに常に違う可能性を考え続けたいと思いますし、そういう調査ができる学生を育てていくことが今の私の役割なのかな、と思っています。
-常識を疑い社会を新しい視点から見ようとする、社会学ならではの興味深い発想だと思います。これからも先生のご活躍をお祈りしております。本日は本当にありがとうございました!
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Follow @bicyear京都大学文学部3回生。好きなことは、読むこと、歌うこと、食べること。よく「おいしそうに食べるね」と褒められます。健康で文化的な生活がしたい。
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