いつか世界で活躍する「誰か」にSpotlightを。

社会人インタビュー

「自由」=違いを許容すること。京大自治問題を通して「不寛容」に投げかける疑問。

Writer|古渡 彩乃
  • 読了目安時間:26分
  • 更新日:2019.9.18

酒井敏、京都大学総合人間学部教授。研究と並行し、『京大変人講座』を主催するなど「変人」であることの大切さを発信。吉田寮、タテカン(立て看板)など大学自治を中心に揺れる京都大学の現状を通して、酒井教授の考える「自由」に迫る。

「どうでもいいこと」はどうでもいい。酒井教授が「アホ」の大切さを訴える理由。

-本日はお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます。さっそくですが、今京大では学生自治に対する規制が強まっていて、それによって起こっている問題もたくさんあると思います。酒井先生は今の状況についてどのようにお考えですか。

大学側はおそらくある種の正義感からやっているんだと思います。ただ、正義というのは1つではなくて、世の中にはいろんな正義があってそのせめぎ合いで成り立ってるんだよね。一方的な正義を強調して全体が成り立たなくなるっていう状態を、僕は「正義の暴走」なんて言うんだけど、まさに今こうなってしまっているんじゃないかな。

大学に限らずだけど、最近いろいろなところで正しさが暴走してる気がするんですよ。例えば最近たばこに対する風当たりってますます強くなってきてて、京大でも喫煙所がなくなりつつある。でもね、体に悪いって言っても、そりゃ悪いものはいっぱいあると思うのよ。僕はタバコ吸わないから、どうでもいいんだけど。

たばこに限らず、「やめた方がいいかもね」ってことはあるかもしれないけど、だからといってそこまで致命的でもないものを「絶対ダメ」とするのはどうなんだろうと思います。まあ世の中には「やらないといけないこと」「やっちゃいけないこと」というのがあるわけだけど、その間に広大な「どうでもいいこと」っていうのがあって、その「どうでもいいこと」にまでいちいち善悪の線引きをするなと言いたい。どうでもいいことはどうでもいいのよ。

-そうですね。最近本当に、突き詰めても答えが出ないようなところの善悪を白黒つけようとして揉め事が起こる、ということを多く見かけるようになったと思います。

そんなことしたらみんな喧嘩になるに決まってるよ。「生死に関わるからやってはいけないこと」とか「生きていくのにやらなくてはならないこと」はちゃんと守らなあかんけど、あとは、まあどうでもいいのよ。「やりたきゃやれよ、俺は知らんから」という姿勢というか寛大さがなくなってきてる気がするんだよね。

-それは京大だけですか?それとも世間全体がということですか?

世間全体がそうなってきてると思う。京大もご多分に漏れずそういう傾向が強くなってきてるとは思うんですけど。だいたい、生物の歴史レベルで考えたら、もともと酸素って毒だったんだよね。知らない人もけっこう多いんだけど、もとはと言えば地球に酸素があるから生物がいるんじゃなくて、生物が毒として酸素を出して、地球を毒だらけにしてしまった。

でも生物が面白いのはそこからで、その毒が旨いっていうバカが出てきて毒を使っちゃうようになって、なんだかよく分かんなくなっちゃったんだよね。だからもはや、善悪もへったくれもあったもんじゃないんだし、その時に上手くいけば結果オーライじゃないかと僕は言いたい。その結果オーライを許すためには、最初から良い悪いを決めちゃだめなんですよ。だってもし「酸素を出しちゃいけません」って決まりがあったら我々は今ここにいないんだから。

-なるほど。確かにそうですね。

差別や偏見の問題についても昨今厳しくなってきたけれど、あれも咎めすぎじゃないかなと思うことがあります。強い差別意識があるわけじゃなくても、単純に知らなかったら誤解してしまうことだってあるじゃない。

例えばアメリカ人に「俺日本から来た」と言ったら「お、フジヤマゲイシャか」「芸者さんきれい?」と言われたとする。今だとその反応を「差別だ」と言う人がいる。だけど、そんなこと言わなくても「そんなもん今いねえよ」って言ったらそれで済む話じゃない。単に知らないだけなのにそれを「差別だ」とまるで犯罪であるかのように言う。こういうのがよくある気がする。

お互いによく知らなくて誤解してたことがあったけど、話してみると「あ、そういうことだったんだ」と気づいたり発見したりする、それが結構面白いわけだよ。「フジヤマゲイシャ」みたいなイメージも場合によってはある種のパロディなんかに使えてそれはそれで楽しかったりもするしね。

「これ以上やるとやばい」というのは抑えないといけないけど、まさに「どうでもいい」ところはどうでもいいまま残しとこうよ、と。ちょっと悪口言われたくらいで怒るなよ、と言いたくなるときがある。

‐悪口を言われる側は、もちろん相手にあまりにも悪意がある場合は声を上げていいと思うんですけど、相手が単に知らないだけで発言したことに「それは差別だ」と言うのも「どうでもいい」ところに干渉してることになるし、発言する側も、そこは干渉しなくていいよねというところに悪意をもってずかずかと入り込んでいったら、それは「どうでもいいこと」に干渉してることになってしまうということですね。

そうそう。

今は、官僚もそうなんだけど、大企業がこぞって「選択と集中」を唱えている。企業は20年くらい前に分野や事業を選択してそこに集中するという戦法をとり出した。株主の手前、企業はそうせざるを得ないこともあると思う。実際、選択と集中という方策は、崖っぷちで生き延びるために1回やる作戦としては十分あり。だけど、何かに絞ってそれ以外を捨ててしまったら次に選択するものが残らない。

だから選択と集中で生き延びて余裕が出たときにすべきことは、選択でも集中でもなくて選択肢を広げる「発散」なんです。

と言っても、選択と集中で組織まで変えちゃったら、そう簡単に発散できない。だから、生き残った企業は後で「なんか面白いネタないですか?」って大学に来るんじゃないかなって思ってたんです。

‐なるほど。

でも彼らは大学にそんなことを言いに来るどころか、どんどん選択と集中を進めていった。それで上手くいかない原因が、「真面目にやってない」大学にあると言うんです。もっと大学がきちんと選択と集中をすれば上手くいくはずだと、どうも企業の経営者は思っている。

だけど、企業の中でも現場はそうじゃない。僕も開発部長とかの話を聞くことがあるんだけど、今現場の人はね、困ってるんですよ。何が困ってるかというと、「最近の若い奴はまじめで優秀なんです。僕らよりよっぽど優秀ですよ」と。「だけど、言うたことしかでけへんねん」と。彼らは「俺が思いつかないことやってくれ」と言いたいわけよ。

現場っていうのはそのへんをよく分かってる。だけど管理側はそういうものが分からなくなってる。組織が大きくなるとそれがやっぱりだめだなあと思うよね。さっきも言ったように、現場の人はもっと変なやつほしいんだけど、経営者は真面目で優秀なやつがくるとイノベーションが起こると思ってるわけですよ。

‐そんなわけがないと。

そう。そんなわけない!(笑)

臨界状態というすごく重要な概念があってね。あとで説明するけれど、最近カオス理論やフラクタル理論といったものを含めた決定論的だけど予測不可能なシステムと臨界状態の関係についての研究がいろいろされてきています。複雑系という身も蓋もない、なんだかすごく情けない名前なんだけど(笑)

その研究の一環で、人間社会でも臨界状態の法則が成り立つということが分かってきたんです。

-臨界状態というのは、具体的にはどういう状態なんですか?

臨界状態というのは、例えば水が氷になるところのような、水でもあり氷でもあり、どっちでもあるけどどっちでもなかったり、そういうなんだかよく分かんない状態のことです。これは臨界状態を説明する図の1つです。この丸を雨粒だと思ってください。

全部バラバラのものが500個あるとする。500個ずつ増やしていくとちょっとずつ繋がっていきます。さらに500個……。ちょっとずつ繋がっていって、最終的には全部繋がっちゃうんです。でもまあこれは分かる。今はちょっとずつ変わっていったように見えたと思うので、今度は赤い大きい粒を1個入れて、これにくっついたものを赤色にすることにします。

今バラバラの状態で500個ですが、もう500個入れてもたいして変わらない。もう500個足しても変わらない。もう500個落とすとちょっと変わりましたね。次500で、こういうふうにほぼ全部赤色になってしまいます。これを相転移といいますが、水の状態が、ぱっと液体から固体に変わるみたいな、そういうイメージですね。このように、連続的に変化しているようで、あるところで「ぱきん」と変わってしまうということが起こる。社会もどうもこういう状態をずっと維持しているようなんです。

-なるほど。図で見ると分かりやすいです。

ここで、大きなところに繋がっているのはある程度社会の役に立っていて、繋がっていないやつは役に立たないアホだとする。500くらいアホなやつがいたって何の役にも立たない。ここにさらに500アホなやつを増やしたってこれも何の役にも立たない。

さらに500増やしても、これも何も起こらない。でもここでさらに500足すとちょっと使えるやつが出てきて、もう500足すと一気に全部使えるやつになっちゃうんですね。この状態をおそらくイノベーションというんでしょう。でも面白いのは、最初のちょっと役に立つやつが出始めたとき。この状態に、さっきとは違う500点を打っても最終的にほとんど同じ結果になる。

-本当ですね。すごい!

つまり、イノベーションが起こったときに、追加した500のうちのどいつがすごかったのかをさかのぼって探し出すことは可能なんだけど、どうでもいいのよ(笑) 意味ないの。どんなやつでも500個足せば、ほぼおんなじなんだから。そうじゃなくて、大事なのはこっちのイノベーションの前段階なんです。

いわばアホが詰まった状態。アホばっかりで何の役にも立たないんだけど、何かが起こりそうという、これが臨界状態なんですね。僕はこれを「アホの臨界状態」と呼んでいるんだけど、その状態を作らない限り何も起こらない。何もないところに500打ったって何も起こらないわけよ。今進められている選択と集中というのはこの臨界状態をなくしちゃってることに他ならない。まっさらなところにいくら何かやったって何も起こりませんよ。

‐アホや「どうでもいいこと」が大切なのはそういった理由からなんですね。


>> 次頁「線引きしたって意味がない? “カオス“な世界で大切なこと。」

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter で[公式] ビックイヤーをフォローしよう!