内定者インタビュー
【育休取得率99%】男女が平等活躍できる場所を探して。内定者が語る「ワコールに決めた理由」。
Writer|塩田 かりん |
- 読了目安時間:9分
- 更新日:2019.12.19
いつか「他の人から憧れられる、目指される人」に。
-福間さん自身にいちばん影響を与えた出来事は何ですか?
私は小学生の時、すごく引っ込み思案だったんです。休み時間に外で遊ぶタイプじゃなくて、おとなしい性格でした。でも、中学生の時、小学校の友達と一緒に陸上部に入ってからはかなりアクティブになりましたね。
あとは高校の時ダンス部に入ったことも大きかったです。日本一を目指すような部活だったのでひたすら練習していたんですけど、そうするうちに何か一つのことをみんなで頑張って達成するやりがいに気づいたんです。一人で何かを達成するよりも、みんなでやった方がもっと大きな達成感が得られる。これは就活の軸にもなったので、すごく大きな経験だったなと思います。
-大学に入ってからも部活をやられていたんですよね。
はい。フットサルのマネージャーをやっていました。週5で活動していたので忙しかったです。
-では、大学生活は部活一本、という感じだったんでしょうか?
いえ、そんなこともなくて、アルバイトもかなりしていました。服屋さん、ホテル、コンビニ、コールセンターとか……
-すごいですね!
私面接で「趣味はなんですか」って聞かれた時「アルバイトです」って答えるくらい好きなんです。暇が嫌いで休日もずっと動いていたくて。
実は専業主婦になりたいと思っていた時期もあったんですけど、やっぱりずっと働いていたいと思ったからこそ、就職先は女性が働きやすいところにと考えました。
-専業主婦になりたかった時期があったというのは信じられないくらいアクティブな印象を受けるのですが、そのときは逆になぜ専業主婦になりたいと思っていたのでしょうか?
私の母が月の頭だけ働いてあとは専業主婦みたいな感じなんですけど、自分もそうなるっていう勝手なイメージがありました。なので、そこまで強い意志があったわけじゃないです。
-そうなんですね。子供を産んでも働き続けたいですか?
私は子供が生まれてもできるだけ早く働き始めたいですね。入ってみないとわからないしんどさや辛さもあると思うんですけど、仕事は好きだし楽しいと思うので。
-アルバイトもたくさんやられていて「仕事が好き」というのはかなり説得力がありますね。ところで、小さい頃になりたかった職業とかはありますか?
本当にしょうもないんですけど、ダンスの先生になりたいと思っていました。自分の好きなことを仕事にできたらいいな、という気持ちからですね。中学生の頃くらいまでですけど。
-英文学科に入られたのはどういう理由だったんでしょうか?
もともとはスポーツ健康科学部に行きたかったんです。文学部の勉強に比べたら、体について学ぶ方がおもしろそうじゃないですか。
それで体育の先生になろうと思ったんですけど、高校の先生と面談をしたときに「体育の先生は男性が多いから空きが出ないよ」って言われて。「英語の先生なら女性が多いから結構空きが出る」って言われたのと、これからの社会では英語力が重視されると思ったので英文学科に進学しました。
いとこがアメリカに長く住んでいて英語がペラペラなんですけど、それに感化されたっていうのもありますね(笑)。
-でも「先生志望」というのは変わらなかったんですね。
結構流されやすいので(笑)。大学に入ってからも教職を取ろうと思っていたんですけど、いざ現実的に考えると先生はすごく大変な職業だし、自分が本当になりたいかって考えたらそれは違うと思って。それで教職を取るのはやめました。
-今回就活をしてみてここ成長したな、と思うところはありますか?
話すのが苦手だったので、人に思いを伝えるのは上手になったかな、とは思います。あとは、自分の知らないことがすごく多いということに気付きました。ワコール社も”下着”っていうイメージだったけどそれだけではなかったり、他の企業もメインだと思っていた事業と同じくらいの割合で他の事業に取り組んでいたり。
成長できたかどうかはわからないんですけど、いろんな人が関わって会社を作っていて社会がうまく回っていっているんだなっていうことに気付けました。
-なるほど。最後に、福間さんが人生プランとして成し遂げたいことはありますか?
他の人から憧れられる、目指される人になれたらいいな、と思っています。見た目が素敵とかとか賞を獲ったとかではなくて、人としてすごく尊敬できるな、と思われる人になりたいです。
-本日はありがとうございました。福間さんのワコール社での活躍を楽しみにしております。
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Follow @bicyear京都大学法学部2回生。高2の夏からオランダに留学し、さまざまな国籍の人々と2年間寮生活を経験した。オランダ語は一言も話せない。
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