「はたらく」のミスマッチをゼロに。

社会人インタビュー

理想の暮らしはスナフキン!?事実婚・多拠点で生きる写真家夫婦のこれまでとこれからと。

Writer|ビックイヤー編集部 Writer|ビックイヤー編集部
  • 読了目安時間:12分
  • 更新日:2019.3.4

其田 有輝也(そのだ ゆきや)1991年生まれ。民間気象会社にて気象予報士・Webデザイナーとして勤務する傍ら、フリーのフォトグラファー・通訳案内士を組み合わせて海外企業と契約し、東京・京都・大阪で活動。

有馬 百合香(ありま ゆりか)1991年生まれ。香川県で女性専用のシェアハウス「ALINCO house」を運営。独自のコミュニティの在り方を模索する彼女の活動は地元紙にも取り上げられ、注目を集めている。同じくフォトグラファーとして香川県のほか、海外企業とも契約し、東京・京都・大阪で活動。

各々の分野で活躍する2人は高校3年から約10年の交際を経て、現在はあえて事実婚を選択中とのこと。彼ららしいライフスタイルの確立を目指す2人のこれまでの歩みと、これからの展望を伺った。

気象予報士でフォトグラファー!?

(左から有馬さん、其田さん)

-本日はお忙しい中、お時間を頂き誠にありがとうございます。早速ですが、現在のお仕事内容からお伺いしてもよろしいでしょうか。

其田 平日は民間気象会社で気象予報士・Webデザイナーとして勤務し、土日や春秋の観光シーズンには有給休暇を取得して、京都と東京を行き来しながらフリーのフォトグラファー・通訳案内士として活動しています。

撮影は海外から日本に来る旅行者の、カップル、ウェディング、ファミリーフォトが中心です。

広告写真の依頼も多く、自社のブランドを日本の観光地で撮影したい海外企業の依頼を受けています。モデルさんやスタイリストさんと一緒に、日本らしい、アイコニックな風景を巡り、撮影するお仕事です。過去にはGUCCI、adidas、日本政府観光局、東京カメラ部などとお仕事をしたことがあります。

-ダブルワーク、パラレルワークということですね。

其田 そうですね。いくつかの働き方をかけ合わせながら独自のスタイルで生きています。

-なぜ、このような働き方をされているのでしょうか。

其田 今の会社には新卒で入社したのですが、実はその前に大学を1年間休学し、フリーのフォトグラファーとして活動していました。

元々、写真が好きで、写真を撮ることで色々な人に喜んでもらいながら生きていけたらいいなと思って始めたチャレンジでしたが、フォトグラファー1本で生計を立てる難しさを痛感し、身体を壊したのもあって、まずは今のように会社員として働き、収入を安定させつつ、可能な範囲でフォトグラファーとしても活動しようと考えました。

-フォトグラファー1本で生計を立てるのは、どの程度大変なのでしょうか。

其田 当時は日本のお客様向けのウェディングフォトなどをメインに撮影していたのですが、国内市場だと競合が多く、またカメラやパソコンなどの機材自体も進化しており、撮影後にレタッチなどをすれば誰でもある程度の写真は納品できてしまう状況でした。

差別化が難しいため、価格競争になりやすく、生計を立てるためには安価な案件で数をこなすしかありませんでした。

-具体的には1案件いくらくらいだったのでしょうか。

其田 駆け出しの頃は1案件、1時間の撮影で5,000円とか、イベント撮影では1日撮影して1万円とかでした。いま思うと安すぎですね(笑)

-カメラやレンズなどの機材を揃えないといけないことを考えると非常に安いですね。

其田 はい。なので、現在は国内市場ではなく、海外、とりわけインバウンド観光の領域で仕事をするようにしています。

-現在の案件の相場はいくらくらいでしょうか。

其田 今は1時間の撮影で400ドル、4万5千円くらいです。当時から考えると10倍程度になっています。

-それは凄いですね!やはりインバウンド観光にフォーカスされたのが良かったのでしょうか。

其田 そうですね。インバウンド観光という発展していく業界のなかで、単なるフォトグラファーではなく、桜や紅葉のピークを予測し、通訳案内も組み込みながら旅行者の日本での体験を最大化することで、自分が勝てる領域を見つけられたのが大きいと思います。

-民間気象会社で気象予報士・Webデザイナーとしても勤務されているとのことですが、気象予報士は国家資格をお持ちだということですか。

其田 はい。22歳のときに取得しました。

-なかなか難易度の高い資格だとお聞きしていますが。

其田 合格率がだいたい4%だったと思います。私も取得まで5年くらい掛かりました。

有馬 (試験を)10回くらい受けてた?

其田 それくらいかな(笑)

-よく取得まで諦めなかったですね。昔から気象予報士になりたかったのでしょうか。

其田 そうですね。小学生の頃に山梨県の甲府市に住んでいたのですが、盆地なので夏に綺麗な入道雲がモクモク出来るんですね。

それをいつも見ていて「なんだあれは!!空ってめっちゃ面白い!!」と思って、中学2年生の時にユーキャンの気象予報士の通信講座にチャレンジしたことがあったんですけど、当時は熱力学とか流体力学とか難し過ぎて、挫折しました(笑)

それも入れると資格取得までに10年かかってますね。

中学で資格取得に挫折してからはしばらく遠ざかっていたのですが、大学を選ぶ際にやっぱり気象について学びたいなと思い、筑波大学の生命環境学群 地球学類に進学し、本格的に気象、お天気について学ぶようになりました。


>> 次頁「理想のワークスタイルを目指し、会社とネゴシエーション。」

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter で[公式] ビックイヤーをフォローしよう!